
長野県飯田市飯田風越局訪問記 平成11年11月11日
今まで数多くの局を訪れていますが(まだまだまだ未熟者ですが)、一番記憶に残っている局の訪問記です。
私がこの趣味を始めた頃(平成6年頃)から計画していたことです。局にはそれぞれ固有のコード番号があいますが、日本のどこかに11111があるだろうと思っていました。しかもそれを平成11年11月11日にしたい、と考えておりました。その頃にこの日は平日であることが判明していました。平成6年の長野訪問時に長野県が11代であることも判明。長野であれば離島ではないし飛行機とレンタカーを使えば必ず行ける、その頃は就職しているだろうし金の心配はさほど無いだろう、とますます実行に対する意気込みが強くなっていきました。
それから数年後、郵便局住所録を入手し、どこにあるのか調べると飯田市の「飯田風越局」であることが判りました。しかも駅から歩いていける距離でありました。とても行き易いところでラッキー、と思い、99%実現可能だと思いました。幸いにも私の職場は年中無休であるが故に曜日に関係無く休める為、有休を使う必要なく行けます。11月11・12日と連休を取り計画しました。計画として夜行バス・高速バスと乗り継ぎ飯田入り午前中に済ませ、午後は駒ケ岳でも行って飯田泊り、翌日は飯田辺りで局訪問し名古屋空港から空路で帰路、という行程に決定しました。
いよいよ実行の日になりました。前日昼の勤務終了後帰宅し準備し長崎新地発19時30分のグラバー号に乗り込む。初めてのる長崎バスの夜行車でもある。乗車するやいなや、本日は名神工事による通行止めの為、名阪国道へ迂回します。到着が大幅に遅れる見込みです。との案内があり冗談じゃないと思いました。最低30分は余計にかかるとのことでした。名古屋着は予定で7時25分、飯田行きは8時発ということで30分も遅れると困るのです。長崎は出発し大村湾PAで喫煙停車(全席禁煙の為)、外の空気くらい吸いたかったのだが誰一人喫煙希望者はおらずすぐに発車。その後順調に進み確か関門橋の手前の吉志PAで消灯だったと記憶している。
すぐに眠ってしまい時々目を覚ますがどこかは判らない。松原料金所は判った。その後は山越えの雰囲気、自動車道かと思いきや時々止まったりしている、一般国道だったようだ。そして養老SAで洗面休憩。そして全く地理が解らない高速を走り愛知県入り。どうやらほぼ定刻通りの旨運転手さんから案内がある。そして名鉄BCについたのは20分装着の7時5分頃だった。そのあとどうも九州発では最初の到着のようだ。
8時発の飯田特急に来たのは名鉄の新車。高速に乗るとつい眠ってしまった。恵那山あたりまで来ると辺りは一面の紅葉で絶景でもあった。そうこうするうちに飯田駅に到着。
先に「お勤め」を果たそうかと思ったがその前に飯田局に立ち寄っておこうと飯田局訪問。そしていよいよ5年越の本命の時です。
まあ私みたいなもの好きが数人はいるだろうと思っていたのが浅はかだった。局が近づくにつれ異様な光景を目にした。局の近くには臨時駐車場が設けてある。何の臨時駐車場かなとおもったらその局訪問者の為のものだった。局に到着すると多分100人位は並んでいたと思う。ちなみに到着したのは11時10分くらいだったと思う。私は並ぶのは好きではないので、この行列を見て諦めようかとも思ったが、5年前から計画していたことを簡単に諦められるか、一生に一度しか出来ないのだから、と並ぶことにした。飯田に泊まることだし、駒が岳をやめればいいか、っと。
一緒に並んだ人達と通帳を見せ合ったり、特に色んな局メグに関する話をしながら過ごした。やっと2時頃に玄関屋根の下に、そして2時半頃に局舎の中に入れた。でもそこからが長かった。3時頃になって通帳を窓口に出し、通帳を手にしたのは3時20分頃であった。「@@県のXXさん」と呼ばれるのを聞いていたが、せいぜい関東・中国辺りで九州の人は聞いていない。「長崎」と呼ばれて何となく照れくさかった。とともに自分って物好きだな、と思った。でも福岡ナンバーの車は見かけたが・・。
その日はそのあと飯田高羽局だけ一局より力尽きました。この局で待っている最中、窓口が業務を抱えていて待ち時間が結構あったのですが、これから風越局に行くと思われる関西弁のメグラー数人が「時間かかるならもうええは、風越に行かなあかんのや」とマナーの悪さを目にした。窓口終了5分位前ではあったが、マナーはきちんとして貰いたい。
その日は飯田市内に泊まり翌日雨の中天竜峡だけ行きました。飯田線沿線は失敗しました。